TBD
2026年3月16日
7時43分3秒から33分で本日を日記を書きましたがタイトルが思いつかずじっくり考えたいので、これを書いている時点ではいったんTBD(To Be Determined)としたいと思います。後付けで意味をきっとつけると思います。2025-03-02から親密なお付き合いがあった方と昨日一区切りをつけて朝の見送りを終えたところです。帰路につき早速お仕事の前に筆を取っています。完全な別れというよりも充電期間や小休止といったところになると思いますが見送りを終えるまでいつもと変わらない和やかな時間でまだ実感が湧かない感じもあります。将来のことは投資と同様にわからないですが、きっとお互いにより良い未来が何らかの形であるだろうと信じています。
大きな喧嘩や不仲というよりもお互いに将来が見えない状態で、私は先々の生活を、パートナーは今の楽しい生活をそれぞれ楽しみにしていたのだと思います。今の生活は楽しい一方で、生活には現実が好もうとも嫌であろうともつきまとうものです。今も未来も変わらないことがあるとすれば、お金が足りない間は最低限どのような仕事であろうとも社会の役に立つような仕事をして、見えない家事も含めて家のことをやり、生活に必要な消費(お金やモノなど)を消費し、人間なので十分な睡眠をとる。そして休みの日には美味しいご飯を食べたり、街や山などお出かけしたり、自宅でのんびりしたりなど余暇は自由に過ごせますが、やはり手間暇やお金がかかります。そうした中での時間やお金・手間などのコストや重視する時間軸で価値観の相違があり、お互いの未来のために一度区切りをつけて充電することになったのだと思います。ただ、感情的に大きな喧嘩をして相手を傷つけて別れたのではなく、楽しかった思い出を分かち合い良い時間だったと共感しながら一区切りをつけられたのは、負担があれどもお互いの考えを尊重したり、一度考える空白の時間を作ったりなどのメリットもあり、やはり冒頭の通りに何らかの良い未来があるのだろうと思います。
元々、私は宵越しの銭を持たないような生活をしていて、入院や医療費・日々の消費が大きく総資産が0円付近で時にはマイナスであることもありました。現金がショートするかしないかの瀬戸際を日々の計画的なやりくりと分割払いでしのいでいる状態で、楽しく良い生活はしていたもののお世辞にも家計の財務状況は良いと言えず、収入だけに頼ってあるだけお金を使っている状況でした。そんな中でのパートナーとの出会いは、集団としての将来や自身の体調をより長期で考えるきっかけとなり、宵越しの銭を持たない生活からの転換点になりました。2025年3月までは瀬戸際を攻める生活でしたが2025年4月を起点に明確に生活が変わり、2025年7月の休職では支出の引き締めや投資を通じてさらなる財務基盤を築けたと思います。
このような倹約やストイックとも取られそうな生活をしていたのですが、使うお金が少なくてもとても楽しい生活だったと思います。宵越し銭を持たないきっかけにあったのは大学時代から続けていた個人事業での儲けが大きく、1か月ほどで大学の奨学金を返済できるほどの副収入があり、新卒正社員としての収入もあったことでお金が明らかに余っていたからです。お金を使ってもたくさん持っても幸せになれないと思いどんどん使っていました。反対に、お金の使用を減らし今あるもののありがたみを感じることで幸せを感じ、またお金がないことによる将来の体調不良による収入がなくなることの不安といったことも無意識になくなったような気がします。こうした日々の生活のありがたさや1年間の生活の彩り、成人を過ぎた後であるにもかかわらず大きく変わるきっかけやたくさんの思い出を下さったパートナーには感謝でいっぱいです。
お互いの人生が今後どのように交わり、もしくは交わらないのか。将来のことは今わからないです。それでもお互いの幸せを願い先々の長い人生を明るくもっと良いことが起こることを信じて、死の瞬間によかった思い出の1つになっていると嬉しいです。
私はナルコレプシーや脱髄疾患など難病や障害を抱えておりこうしたものをただただ受け入れるのが人生だと思っていました。何とか仕事をしているけれども、人々から見向きもされずただ静かに運命を受け止め生きる。楽しんで過ごしていましたが実のところ孤独であったと思います。そんな私に光を当ててくれて、運命を変えられるかもしれないと思わせてくれたパートナーに感謝しつつ、また日常に戻り仕事に専念したいと思います。
追記(2026-03-16 8:27):お仕事の前に黒い手帳のリフィルを見てみたら自身が書いていない今日の記録がありました。とても驚きつつ自分で決めたことでありながらとても大きな決断だったと改めて感じました。3連休をどう過ごそうかと考えつつぼんやりお仕事することになりそうです。